かんけり日和。

図書館の本の読書感想や日常のことなど。

漫画レビュー② 鉄鍋のジャン ~ちょっとこの漫画おもろすぎないか?~

鉄鍋のジャン 01 (エムエフコミックス フラッパーシリーズ)

 

こんにちは。かんきっくです。

めっきり涼しくなってきました。今年もあと4か月?時の過ぎ去る早さに愕然としますね。

僕の住んでいる地方はここ最近なんだか雨が多くて憂鬱です。皆様もぜひご自愛ください。

 

さて。今回はずーっと前に気まぐれにやった漫画レビューの2本目です。

 

取り上げる作品は現在アニメが絶賛放送中の「鉄鍋のジャン」になります。

正直レビューするにはあまりにも有名作品というか、俗っぽい言い方をするなら手垢まみれではあるのですが、アニメを3話読んだ時点であまりに面白かったので書いてみることに。

 

結論から言うとこの漫画、料理描写はさることながら、主人公のジャンやヒロインのキリコなどの人間がほぼブレなく、魅力的過ぎて面白い。料理も人間も魅力的すぎる。

 

この漫画は「料理は勝負である」を信条にしている主人公、秋山ジャンの繰り広げる料理バトルを描いた作品なのですが、まーもうとにかくやりたい放題なんですね。

どうやりたい放題なのかというと

雅 on X: "今のコンプライアンスでマジックマッシュルームの話がアニメ化できるんだろうか。 #鉄鍋のジャン" / X

料理に幻覚みせるキノコを調合して審査員に食わせたり

先割れ on X: "鉄鍋のジャン、クソ火力でチャーハン作ってスプリンクラー作動させて参加者潰す回まで見てください" / X

わざとバ火力でスプリンクラーを作動させて他の出場者の料理をダメにしたり。

 

ちなみにこれ悪役がやってるわけじゃなくて、主人公のジャンがやってます。

 

鉄鍋のジャン!レビュー|邪道×王道の料理バトルが沸騰する名作【評価3.90】 - つれづれマンガ日記 改

この悪人面してるのが主人公のジャン。

上記の通り、彼は料理は勝負であると豪語し憚らないのですが、ここでいう彼の「勝負」とは別に味で叩き伏せるだけのことを指さず、要は勝負形式に則ればなにしたって勝てばいい、というとんでもない勝負哲学を持っており、「勝ち」をさらうためならばほんとになんでもします。この二つ以外にもわる~い顔して色々やるのです。

 

秋山ジャンという男の魅力

この通り、秋山ジャンという男は、いくら破天荒な作品の多かったチャンピオン掲載作品とはいえ、曲がりなりにも少年誌掲載作品の主人公とは思えない言動や行動が多く、もはやダークヒーローともいえないような、なんなら主人公というだけで立派なヒールであるのですが、彼がこうなってしまったのには理由があります。

 

画像・写真 「鉄鍋のジャン!」監督が語る30年前の名作アニメ化秘話、原作料理はプロによる“ガチ中華”で完全再現(9/12) | WEBザテレビジョン

全部このジジイが悪い。

これ、一体どういうことなのかというとですね、このとんでもない虐待を行っているハゲは「秋山階一郎」というジャンの祖父なのですが、これがまーなんというか中華料理に対して並々ならぬ情熱を持った人物で、幼き日のジャンに中華料理のなんたるかを叩き込んでいました。(読んでるとジャンに対してそこまで愛情があるのかは読み取れないのがまたアレなんですが…)


まあこんな感じでジャンは特に本人からしたら理由もなく秋山の料理を身に着けることになります。

後に親友キャラの小此木という男から「なぜ料理人になったのか?」と問われた際も「気づいたらなってた、中華の頂点を極めるのが俺とジジイの執念である」と答えている。

しかもこれ、なんとなく読み取れてしまうことなんですが、このジジイは割と「料理は勝負、勝てさえすればいい」とは考えていないようで、ただとにかく料理人としての腕を磨くことに焦点をあて、盟友であり最大のライバルの五番町睦十との勝負だけにはこだわっていたような節がありますが、ジャンはどうなのかというと、ただとにかく料理を叩き込まれており、だれにふるまうでもなく、というか何のために作ってるかもよくわかってなかったんじゃないかなーと思います。

極限状態のマイクロマネジメントによって文字通り料理マシーンのようになっていて、秋山の料理が全てなんでしょうね。

鉄鍋のジャン!(漫画・アニメ)のネタバレ解説・考察まとめ (7/8) - RENOTE [リノート]

しかもそんなジジイが味がわからなくなって焼身自殺して自らのライバルとの決着を押し付けられて…。このジャンの「負け犬」というセリフにはいろいろグッとくるものがありますね。ジャンが決定的にゆがんだのはこれが原因だったのでしょう。負けたら死ぬしかないみたいな。だからこそあんな何でもありのやべーやつになっちゃった。だって負けたら死ぬんだもん。

 

かくしてジャンはジジイに叩き込まれた秋山の魔法とそのすさまじいまでの勝負哲学で相手をばっさばっさと倒していくのですが、このジャンという男は決して無敵として描かれてはおらず、やはり何度かは敗れてしまいます。

その中でもやはりこの刀削麺作って負けた回は決定的に、ジャンという男のアイデンティティにも関わってくるような敗北でした。

要は「秋山の技術のみでは勝てない」ような相手が現れたわけです。

 

その相手の一人が今作の戦うヒロイン五番町キリコなのですが、彼女の信条は「料理は心」。ジャンよりもよっぽど主人公のような思想で、勝負のためなどには鍋を振るわず、食べてくれる人のために料理をする女の子です。

 

そんな彼女に一度敗れたジャン。

もうね、流れ的にはジジイの呪縛から解き放たれて、ついにジャンも料理のなんたるかに目覚め、世のため人のために料理を作る、そんなことに気づく流れのはずなんですよ。

怖すぎだろ(笑)

そう、ここでブレないのがジャンの最大の魅力なんです。

すべての者にこびず、己の意志を貫く。どうみてもゆがんでいるのですが、これはこれで彼なりに料理というものに向き合っているわけです。

この敗北のあとのジャンはねえ。

かっこよくない?

一度ぼこぼこにやられても、ジャンは秋山の料理のすさまじさを証明するために、己を奮い立たせるのです。

なんつーか、絶対人として間違ってるし、読んでて「どうしてあんたはそうなの」とか思っちゃうんだけど、これがジャンにとっての料理への向き合い方であって誇りなんでしょうね。これこそがジャンの全てであって、他にはもはや何もないのだろうか。

ジジイからのベクトルはどうだか知らないけど、ジャンからのベクトルはかなり重かったのかもですね、愛情の。父親と母親の話、出てこなかった気がするけど、まあたった一人の親的な存在だもんね。

にしても、オリジナリティのなさを批判された次の試合で持ってきた料理が血の料理って。悪魔かおのれは。

 

以降、ジャンは何にぶち当たってもやはり自分のスタンスは崩すことはありませんでした。

正直このジャンってキャラは作中で成長したか?というと、なんとも言えないんですけど、一度決定的な挫折を食らって色々試してみる、ってこともなく自分の原点+オリジナリティを持って他には迎合しない、ってのもまあなんか、帝王学とはちょっとちがうけどひとかどの王のようななにかすさまじい迫力を感じます。

いいキャラだよねえ。秋山ジャン。

 

ジャンと最後まで向き合った五番町キリコ

かたくなに自身のスタイルを変えなかったジャン。

僕は読んでて彼はやはりそれでもどこか遠くない未来で挫折する羽目になるんじゃないかなあ、という気持ちが強くなっていったのですが、この作品、ジャン以外も大概な悪人ばかりなので、彼にまともなことを言ってあげる人はなんとほぼいません。

本当にあるのは勝者と敗者の存在のみ。そんなとんでもない作品の中でも、作中最後までジャンにモラルや思いやりのようなことを説いた人物がいました。

それが先程少しだけ触れた五番町キリコです。

彼女の信条は先述の通り「料理は心」。

対戦相手をぶっとばすことしか考えていないジャンとは正反対の考えをもった子なのですが、やはりどこかジャンを料理人として認めている面もあるようで、さらに根っこのところで通じているような部分がありそうな描写が多いです。

 

そんな彼女は、作中最初から最後までこのジャンと戦い抜いた猛者で、またぶつかりあってきた人物でした。

 

ジャンもそんな彼女をやはりどこか認めているようで、彼女の実力を素直に褒める場面も多かった。

この二人の関係性を良く表していたのが、先述のジャンが料理に毒キノコまぜたときのエピソードのこれ。

キリコはジャンに鉄拳を見舞うわけですが、ここのジャンの態度がなんかいいんですよねえ。思うところありそうというか。

この女も本気なんだなということを感じ取ってるというか。この前からキリコの実力自体は認めている描写はありましたが、本格的に競争相手として認めたのはここからなような気がします。

この次の試合はきっちり「中華の神髄」を見せつけて勝ってるしね。

その後もやはり衝突することばかりなのですが、作中通してジャンの信条に真っ向からぶつかっていったのはキリコだけだった。というかほかの対戦相手はみんな負けてそれっきりだもんね。

実力も相まって、キリコが最大のライバルだったといえます。

まさに競争。切磋琢磨。簡単には迎合しない。

 

なんかねえ。尊いのよこの二人。俺ちょっと観ててずっときゅんきゅんしてた。変な話ですよね。でもしちゃうんです。

この作品で「人間性」などを見たときに、キリコの存在の有無でジャンの深みは全然変わってたと思う。絶妙なキャラでした。

…かわいいしね。うん。

 

またキリコの前だと心なしかジャンが少しうれしそうなのが良い。

そらね、あんな生活してたのに、同年代の自分と同じくらい料理できる子がいたらうれしいよね。

ジャンの今後の人生において、キリコの存在はきっととんでもなく大きくなるんだろうなあ。

 

 

このほかにもジャンが唯一心を開ける小此木とかメインヒロイン大谷日道とかいろいろ魅力的なキャラがいるので、是非読んでみてください。

22冊目 異常の構造 著者:木村敏 ~正常や常識なぞ…~

異常の構造』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター

みなさんどうもこんにちは。かんきっくです。

 

終わっちまった、俺たちの盆休み……。大人になったら当然のように働きにでるもので、夏休みを惜しんだりしない、などと子供のころは思っていました。というのも、うちの親父殿がそういった人物で、今年70歳になるというのに未だにお盆休み全返上で働きに出てるようなワーカホリック爺なのですが、それを見ていたら恐ろしいものでそれが当たり前と思うようになっていた時期があったのですね。

大人になっていくにつれて、個人的に一番成長したというか重要な気づきだったなと今でも思うのは、課題を与えられたとき、特に他へ責任を負う場合は無理なもんは無理という、ただそれは最初からあきらめてはならない、というものだったんだけど、はた目から見てると親父はそれの真逆を行ったような人間で、当時から親父と比較されていた僕は苦手な人物でした。

いま聞いてみたら色々印象と違う話も出るんだろうけど、幼少期にあんまり構ってもらえなかったり散々嫌な気持ちになったりしたから、どうにも語ろうという気持ちにはなれないのだった。

 

のっけから変な話になったけど、このお盆休みは良かった。下田の海へいったり、ちいかわ見たり、友達と飲んだり。

また来年のお盆休みも楽しいといいな。

 

…さて。

そんなお盆休みだったのですが、旅行へ行く車内でちょびちょびと本を読み進めており、1冊読み終えました。

本のタイトルは「異常の構造」。

 

内容としましては、今で言う「統合失調症」がなぜ生まれるのか?どう治療すべきなのか?いや、そもそも治療ってなにをするべきなのか?常識とはなにか?彼らの立場になって考えなくてはならないのではないか?といったことを問うていく本になります。

 

なんというかこの本、統合失調症ではない僕にもなんだかちょっと刺さる話が多い本でした。

統合失調症にかかってしまう方は幼いころから両親からの束縛が強い、とか愛情が足りず放置されてる、とかそういった家庭内の事情がある方が多いそうなのですが、それがどうして発症につながるかというと、「常識」が身に付かないとか自己の確立がなされないから、というんですね。(ものすごくざっくりとしたまとめ方をしているので、齟齬はあると思います。気になる方は実際に読んでみて頂いて…。)

 

僕の家はそんなことはなかったんだけど、親父殿はまったく家におらず、たまに家にいたときには釣りに連れてってくれたりもしたのだけど、多分あっちもどう接していいのかわからなかったのでしょう、口数は少ないし、やはりどこか放任主義で男性的な「こうあるべき」といった姿は見せてくれませんでした。

そうなると我が家で僕にあり様を教えてくれるのは母上殿ということになるのですが、おそらく彼女も大変だったのだろうとおもうのですが、「こうしなくてはならない」「父親がこんな人物だったからあなたもそうでないといけない」といった要求が多く、さらにこれは僕自身の内省から得た考えですが、幼少期僕はカトリック教育を受けており、ことさら自己犠牲の尊さを教員のシスターから叩きこまれており、彼女のいう通りにしていると周りからも「良い子だ」とされるため、とにかく人のため、という行動規範を昔から持っていたためか、余計に自分を持つという事に関しては遅れていたと言わざるを得ません。事実、小さいころから自分の要求は口に出せず、どこか常識しらずで、男にしては良く泣くし、小学生時代は今にして思うと散々な生活だったと思います。

 

中学校からは高校卒業まで6年間、バスケットボールに打ち込んでいたおかげで、ある種それが自分のアイデンティティのようになっていたためか比較的落ち着いていたのですが、大学受験からが良くなかった。

このブログの最初でも少し語ったのですが、当時の彼女が行くから、とこれまたあまりにも単純かつ自分のない動機で大学を決め、しかもその子には振られ、またなんでかバスケをもう一度やろうという気持ちもなかったわけです。

それでいて、大学というのは色々なすごい人がいます。そこで自分の没個性というか、自己のなさに気づくんですね。

もうそこからは、なんというかもう痛々しいかぎりの「自分の個性」みたいなのを虚言と共につけていく、いわゆる妄想ですよね。

この本にも妄想にとらわれてしまった患者の方がたくさん出てきます。

僕も軽度とはいえ、そんな人間になっていたと思います。…いや、書いててちょっと違うなーとも思うんですが。

 

まあとにかく、そんな自身の体験もあって、なんだかちょっと刺さるような話の多い本でした。

 

それで、この本は「常識とはなにか?患者の目線に立つことが重要なのではないか?」というテーマもはらんでおります。

そんな作者の結論は…。是非読んでみてください。かなり哲学的なテーマも含んでいる名著だと思います。

 

しかしまあ…。ここに至るまで、ほんと痛々しい人生を歩んできてるな、僕。(笑)

21冊目 おれたちを笑うな! わしらは怪しい雑魚釣り隊 著者:椎名誠 ~ほんと一生バカやっててほしい~

Amazon.co.jp: おれたちを笑うな!: わしらは怪しい雑魚釣り隊 : 椎名 誠: 本

 

こんにちは。かんきっくです。

あれやこれやでもう八月。お盆休みに突入しますな。

今年は去年と比べるとエルニーニョがどうたらこうたらでまだ涼しいですが、そうはいえ暑いものは暑い。

去年の今頃は奥さんと伊豆は下田へ旅に出ていましたが、その旅のひと時の中でたいそうその土地を気に入ったので今年も行くことにしています。

特になにがあるわけじゃないんですがね。特にきれいなわけでもないし。ただ観光地としての顔の中にしっかり住人達の生活が見え隠れしていて、本屋なんかもあって、居酒屋があって、僕はどうやらそういった人が暮らしているニオイのする場所が好きらしい。

楽しみだ。シュノーケリングをする予定なのだが、実は人生初めて。なにか物珍しい生き物がいればいいな。

 

さて。

今回はまた読書メモなのですが、実は今回の本は3ヶ月くらいかけて読んだものです。

 

というのも、会社の中休みに近くの図書館に行き、のんびり1章ずつ読み進めるというルーティンに従ってゆっくりゆっくり読んでいたからなんですね。

 

本のタイトルは

「おれたちを笑うな!わしらは怪しい雑魚釣り隊」

です。

 

著者はいわゆる昭和軽薄体の使い手…というかこの一連の文体の名付け親は椎名さんなので、元祖にして頂点とも言える、椎名誠氏その人です。といっても、ご本人はとうの昔にこの昭和軽薄体とは決別したと宣言されているのですがね。

 

みなさん、椎名誠氏の本は読んだことありますか?僕の人生で一番好きだった本をいくつか挙げろと言われると、彼の「哀愁の町に霧が降るのだ」を必ず挙げるほど大好きなのだが、椎名さんの代表作といえば、「怪しい探検隊」シリーズを挙げる方も多くいらっしゃるでしょう。

今回読んだこの本はその怪しい探検隊シリーズの流れをくむ「怪しい雑魚釣り隊」シリーズの中の1冊です。

ぼくはこのシリーズ、実はあまり読んだことが無いのですが、ずいぶんなご長寿シリーズになってます。探検隊から数えたら30以上やってんじゃないの??

 

内容としては、隊長椎名誠氏が率いる雑魚釣り隊の面々が日本各地で釣りを…というか釣りにかこつけて酒のんでバカやってる様をおもしろおかしく書いているただそれだけのエッセイなのだけれど、まーこれが面白いんだ。

 

それに面白いだけじゃない。先述の「哀愁の~」もそうであるが、椎名氏の文章は面白おかしいだけでなく、人のつながりの中にある寂しさとかをにじませてくるのが憎い。

作中で椎名氏の友人が亡くなってしまうエピソードがあるのですが、そこの描写がなんだか温かさと寂しさがあっていいんだ。読むと友人の大切さがしみてくる。

僕のようなクズにも友人といえる奴らが10人ほどいる。やつらは俺が死んだとき、泣いたりするのだろうか?

 

怪しい雑魚釣り隊シリーズは2023年に完結しているはずだが、隊のみなさまには今もどこかでバカ騒ぎをして居て頂きたい。あと作中で何度も出てきた居酒屋もまだあるみたいだから、そのうち行きたいな。

 

それにしても、ここ数ヶ月はほんとに仕事がつらくて、会社の中休みに図書館にいって、アップルウォッチのマインドフルネスアプリで心を落ち着けて、少しだけこの本を読むというルーティンには本当に心が救われた。とても思い入れのある本になったなあ。

 

 

20冊目 実戦BtoBマーケティング 著者:佐藤義典 ~最後の投稿3か月前ってマジ?(笑)~

実戦BtoBマーケティング事例でわかる[佐藤義典]

 

色々やってたらブログ書くの忘れてた。

 

皆様お久しぶりです。というか、なんというか。もはや初めましてでございます。私はかんきっくと申すものです。

普段は読書記録とかゲームの事とか投稿してます。

どうぞよろしくお願い致します。

 

なんだかんだ毎月3記事くらいは書いていこうと息巻いていたのですが、いまちょっと、大長編ものを読んでおりまして、全5冊のシリーズになるのですが、全部読み終えたらブログかくかーとか思ってたら遅読すぎて3ヶ月空きました。

ちなみにまだ読み終えてません。なんなら若干飽きて別の本読んでました。

 

せっかく始めたので続けますよこのブログも。

 

さて。

今回読んだのは佐藤先生のマーケティング本。

マーケティング界隈のベストセラーである「実践マーケティング戦略」のBtoB版ですね。

 

なんでこの本読むか、となったかというと、この方が講師の研修を受けたからなんですね。

 

実はこの方、僕は結構嫌いな方だったんです。(笑)

なんでかというとですね。この人、何冊もマーケティング本出してるんですけど、その中で多分一番有名な「ドリルを売るなら穴を売れ」って本があるんですよ。

 

まあそれがなかなか面白いマーケティング本で、物語仕立てで初心者にもわかりやすい本なんです。

 

数年後、もしドラが流行ったときに、この方、なんかまんまもしドラみたいな本出したんですよ。タイトルはあえて書きません。調べればすぐ出るんで。

 

その本が上記の本とほぼほぼ内容同じだったんですよ、まんまです。

それ以来ちょっと苦手だったのです。

 

が、彼の研修はボリュームが大きく大変満足できる内容だったので、数年ぶりに著書を読んでみることにしたのです。

 

この本の内容としては、前述の実践マーケティング戦略のBtoB版で、正直あんまり変わりません。

 

いやー…なんというか。

彼の本ほとんどがそんな感じなんじゃないのか…????

そんな疑念の生まれる結果となりました。(笑)

EVOの入ってきた獣道について。

昨日はスト6の一大イベント、MenaRD(以降、メナ)vs梅原大吾の10先が行われる、EVO LEGENDSというものが開催された。

 

メナと梅原大吾のカード以外にも2つ対戦が行われていたが、特に二人のカードは「獣道」と銘打たれ、カプコンカップやEWCという競技シーンの二大大会とも遜色ないほど、いやそれ以上の注目を集めていたように思える。

 

元々この獣道というタイトルは梅原大吾が2017年頃から開催していた因縁のある競技者同士を戦わせるイベントで、ウメハラ自身も参加していた。

 

当時はウメハラの個人開催だったこともあって、今回のように興行メインの様相は全くなく、アングラな雰囲気に包まれていた。

 

対して、今回の獣道は正直カネのにおいにまみれていて、おまけに現場はスト6になって諸々開かれるようになった対戦イベントと比べても最低クラスの出来栄えだった。

いくらなんでも1時間おくれは待たせすぎだろう。リハーサルもしていなかったのではなかろうか。

 

結果としてはウメハラをメナが下し、新しい格ゲーの歴史が幕を開けたような予感を覚えさせるものだったのだが、はたしてこの大会をこんな形にしてしまってよかったのだろうか。

 

Rejectの試合後のXの投稿もやはりどこか緊張感にかける。

敗戦後のウメハラと酒を酌み交わすチームの面々の写真が挙げられたのだが、獣道はプライドを削る試合であり、負けた側はただ去るのみだったはず。

 

決して興行的にしてほしくないというわけではないが、これまでの獣道というブランドが崩れ去ってしまったかのような印象を受け、少しショックなのであった。

 

それにしても、ウメハラは敗れたとはいえ、なにかまだ次を感じさせるような出来ではあった。奇跡の復活を遂げることはあるのだろうか?

また、ある意味ウメハラという最大のブランドの効力は少なくとも現場では少し薄れたように感じてはいたが、それが現実味を帯びてきた。彼のようなスーパースター生まれるのだろうか?メナがそうなるのかなあ。

 

なんというか、獣道を彩る重要な要素として、「プレイヤーの因縁」とか「人となり」というものがあって、プレイヤーにとことん焦点をあてるからこそ面白いという部分はあった。

メナもウメハラもシーンへの大きなリスペクトを感じるし、やはり大好きなのだが、以降のプロツアーに戻ってしまうと、結局またここに触れていく大会が少ない。

 

以前、ウメハラがカプコンカップの配信が有料化した際に、やはり大会の形式が悪く、プレイヤーひとりひとりに焦点のあたる形式にした方が良いと意見を言っていた。

それは僕もそう思う。今は別に誰が勝ってもそんなに驚きもなく、またどういう人物かもよくわからない。それが本当にもったいない。

 

今後、この獣道というシリーズ、またはEVO LEGENDSというシリーズは続いていくと思うのだが、次回からはぜひ、運営の強化、またプレイヤーへのフォーカスを御願いしたい。正直、メナ対ウメハラの前の2試合の前座っぷりがかわいそうだった。

 

そして最後に。

前述のカプコンカップ配信有料化の際のウメハラの意見に、こんな一幕もあった。

 

「俺とメナだったら金払うっしょ?」

 

実際どうだったのかは言うまでもない。

あなたは伝説だ。客の呼べるゲーマーはあなただけだった。そしてこれからも伝説でありつづけてほしい。

 

メナも、もっともっと偉大になってくれ。

衝動的にアップルウォッチを買ってみた話。

奥さんがアップルウォッチを買いたいというので、僕も付き添いで家電量販店に行き実物を見てみたところ、なんだか便利そうだし、アップルウォッチSE3なるものを買ってみることにした。

 

便利そう、というのは、僕がここ最近続けてはいるがちいとも早くならないランニングの御供に良いかもなと思ったからである。

スマホを上着のポケットに入れているとどうにも邪魔くさくて、なんとかならんかなあと思っていたところだ。

 

というわけで実物

ちょっとでかい

腕毛の処理忘れはご愛敬である。

サイズは大きいのと小さいのがあって、幼少期より大は小を兼ねるを地で行ってきた人生であったので多少値が張っても大きいサイズの物にしたが、実際に着用して生活してみると、なるほどなかなかの存在感を覚える。

…というか、ちょっと重さを感じるので、画面が多少いじりづらくても小さい方のが良かったのかもしれない。

まあまあ、でもやはり文字が小さいとか、操作がしづらいということはないのでやはりこれで良かったのだとすることとしよう。

 

今のところ感触は良好で、寝る間にもつけっぱなしで寝てしまっているわけだが、3つほどある。

 

まずひとつ。

これ。

Iphoneにも最初から入っているのだけれど、このアップルウォッチにもフィットネスとかいうアプリが入っている。

iphoneはそんなことなかったが、このアップルウォッチは「健康維持もしくは改善」を大々的にテーマに挙げているからか、運動をしない人間になかなかに厳しく、1時間ほどデスクワークや運転をしていると「立て」と命令してくる。

仕事も運転もそんな簡単に辞められたりはしなかったりするのだが、1分くらいいいだろう、いいから立て、と圧をかけられるのが若干の不満。

 

次に、改札。

これは恐らくみんな言っていることだろうが、電車の改札に対して若干不利を強いられている。

改札のICカードをピッとするあの機器は利用者からみて右側に設置されているが、このアップルウォッチは腕時計であって、まあやはり左手側に装着するのが正なのではなかろうか。

装着した左手と改札の機器にはそこそこの距離が発生しており、また筆者は腕も短いため、面倒くさいがちょっとだけ機器側を向く必要がある。

そして、筆者は身長173cmだが、改札の機器は割と低いところに設置されているため、少しかがむ必要がある。

これが面倒くさい。ちょっと慣れないが、右手側につける必要があるか?

 

そして最後にこれ。f:id:dokusyoshinsya:20260429174251p:image

 

睡眠の質を計測してくれるんだけど、これが正直よくわからない。

コア睡眠とかなんとか、うーんって感じ。

 

というわけで少し調べてみる。

nemuri-supporters.nttparavita.com

 

なるほど。

睡眠には4つの段階があって、浅い眠りのノンレム睡眠、脳や肉体の休憩に適したコア睡眠、嫌なことを忘れる深い睡眠(なんでこれだけそのまんまなんだ)、そして覚醒に分かれるらしい。

この記事によれば、コア睡眠が55%くらい占めてるといい感じみたいだ。

 

とまあ、この睡眠スコアを読み解こうとすると、自分で調べる必要があって、こういったことに興味を持てない人からすると持て余しそうな印象を受けるのだ。

 

まあ、とはいえ今のところは大満足である。長い付き合いになりそう。

 

 

…それにしても、今回僕が買ったのはSE3という一番安く機能も少ないSE3という廉価版みたいなシリーズなのだけれど、これより上のものは、ダイビングにも持って行けたり、心電図機能があったり、高血圧を感知したり、血中酸素濃度を調べたりできるらしい。ダイバーにはいいかもだけど…いるか?そんな機能?

19冊目 カレーの時間 著者:寺地はるな ~寂しくも優しい人間関係~

Amazon.co.jp: カレーの時間 (実業之日本社文庫) : 寺地 はるな: 本

 

みなさんこんにちは。

かんきっくです。

 

今年もはやいもんでもう3ヶ月が過ぎ、4月になりました。マジか、という感想しか出てきません。こないだ年明けだった気がする。

 

さて、本日も読書感想文です。

 

今回は寺地はるなさんの「カレーの時間」。

 

女ばかりの家族の中で育ち、いわゆる「男らしさ」を持たない、あるいは嫌悪すらしている主人公、桐矢くんがひょんなことから昭和を生きた粗暴な祖父と暮らすことになってしまい、様々なことを通して交流を深めていく…そんな話です。

 

特徴として語り部がこの桐矢くんと若いころの祖父になりまして、コロナ真っ只中の令和と祖父が活きた昭和の時代を行ったり来たりします。

祖父は浮気をしていたとされ、祖母とは離婚しており、娘たちからは煙たがられ、桐矢くんもやはり祖父のことはあまり好きではないのですが、二つの時代を行き来しながらすこしづつ真相が明らかになっていきます。

 

この物語、ほんとなんか、このブログは基本大きなネタバレは無しとしているのですべては書かないのですが、結局祖父もみなまでは言わないし、彼が粗暴であることに変わりはなく、どんな青年時代を送ってきたかももちろん桐矢や娘たちにはわからないので、結局最後まで彼らとは完全には分かり合うことはなかったです。

ある意味、昭和の男の最後のプライドにとどめを刺したのは桐矢とも言えますし、ここまではっきりと昔の価値観にNOと言えるのは女性の作家ならではなのかな、とも思います。

 

ただ、まったく繋がれないでもなく、許しを得られないわけではない。

そんなさわやかさのある作品でした。

祖父の過去の話が良い味出してて、これがなければそんなさわやかさを感じれる作品ではなかったでしょう。登場人物は知る由もない物語を僕らが知っている。

 

ごはんをテーマにした作品は宙ごはん以来でしたが、僕はこちらの方が好み。

良い作品でした。